お久しぶりです、分析センターの高間です。
今回は少し前になりますが、今年の始めに福島へ行ってきたお話です。
環境省主催の「東日本大震災その後の現状と復興、再生を知るツアー」に参加してきました。きっかけは、普段であれば気にも留めないメルマガからホームページへ飛び、内容を確認してみると・・・震災後14年が経ち徐々に風化されつつあること、自分自身の記憶もその通りで、いざ娘にそれを伝えようと思っても実際に見て触れていない自分に何が説明できるのか、いかに無知であるかということにふと気付かされ、導かれるように応募しました。定員制ではありましたが、運よく?参加メンバーに選ばれ、いざ郡山へ。


行ってみると私の参加するツアーは30名ほどで、ほとんどが大学生。幅広い年齢層での参加者かと思いきや、主旨を考えれば若者ばかりなのは当たり前のことで。そもそも環境省がこれからの世代へ向けての啓蒙活動の一環として行っている事業でして、本来の対象は若い世代であるということは、同行の関係者から後から聞いて納得しました。
被災地に行ってみると、言葉を失います。
震災遺構として、そのまま残されています。
あの時この場所で何が起きていたのか、テレビ画面でしか見ていなかった光景が目の前に。
小学校の2階部分まで、津波が押し寄せたそうです。
時計の針は止まったまま。
言葉では言い表せない、何とも言えない感情です。





東日本大震災と聞いて、地震と津波はすぐイメージできると思います。
忘れがちなのが原子力被害、いわゆる放射線漏れ。
福島第一原発の事故により放射性物質で汚染された、もしくは除染するために取り除かれた土壌や廃棄物を処分するための一時保管置場となっているのが中間貯蔵施設。
そのような施設があることも、恥ずかしながら知りませんでした。
ここの区域内は今も帰宅困難区域であり、今回のツアーでは特別に許可されて入域することができました。
奥に見えるのが、福島第一原発。



区域内はバス移動になりますが、外に出ることが許可されたエリアでの測定値は、
1.40マイクロシーベルト/時間。(年間量に換算すると12ミリシーベルト)
通常、日本人が自然界から受ける放射線量は2ミリシーベルト。
帰宅困難区域は50ミリシーベルト以上、解除になるのは20ミリシーベルト以下。
既に14年が経過していますが、この区域内は時間が止まっています。避難してから今も戻れていないので、建物、家、車も当時の状態そのままでした。

放射線で汚染された土壌の行き場が問題となっており、もっとたくさんの人に知ってもらいたい、みんなで考えてもらいたいというのが主旨です。
因みに、汚染された土壌を埋め立てた所での数値が0.194マイクロシーベルト/時間。(年間量に換算すると1.7ミリシーベルト)
いろいろ考えさせられる旅でした。
貴重な経験になったことは、とても大きな収穫でした。
興味のある方は、調べてみてください。 「中間貯蔵施設」
もうひとつ収穫が・・・それはツアーで出会った大学生たち。短い時間ではありましたが、交流できたのは楽しかったですよ。場末のスナックにも行き、将来の夢、就活の相談、恋愛の話といろいろ聞いていると自分の学生時代を思い出しました。
そして思ったのは、今も昔も恋愛の悩みは変わっていない。笑








東立テクノクラシーは環境マネジメントシステムISO14001の認証を取得しています。適切な管理や処理を行わなければ環境を破壊する産業廃棄物や汚染土壌。当社はこれらも限りある資源であると認識し、事業に取り組みます。
