東立Blog vol.467

ボンジーア。環境部の山本です。

 

久しぶりのブログ登板。

 

今回は少し長くなりますが私が闘っている「通風」という激痛を伴う炎症疾患について、自らの身体を研究材料とした長年の成果をご報告します。

 

痛風とは何ぞや、何が原因かなどは検索すれば山のように出ますのでここでは省略します。贅沢病と言われていたのは戦後のことで、現代のような飽食の時代では只の生活習慣病です。愛のない食事ばかり食べて酒ばかり飲んでいるとなりやすいのです。

私は20代の頃から尿酸値が10〜11と高かったため、「いつ通風発作きてもおかしくないよ」と医師から言われていました。

数値が高くても発作が一生おきない人もいると聞いていたので私はその類だとタカを括っていましたが、それはある日突然きました。

 

2006年35歳の時。朝起きて寝返りうった瞬間に体験したことない激痛が左足小指から足首にかけてはしり動けなくなりました。痛みに耐えながらキャスター付きの椅子で室内移動、そのままマンションエレベーターから駐車場まで誰にも見られることなく車に乗り込み、降りてからは登山用のステッキで50mを30分かけて今池の病院に辿りつきました…。

発作が起こると痛み止めしか処方されません。2週間ほどで痛みが治った後、決まってフェブリク錠という薬を処方されます。

これは尿酸生成を抑える薬で予防薬です。

私と同じ疾患のほとんどの人がこれを毎日飲んでいて「俺は薬があるから飲んでも大丈夫だ!」と言っていますし、私が痛そうに歩いていると薬飲むことをみんな勧めます。

 

ですが、です。

 

元々、薬の力より自分の免疫や工夫で乗り越えたい私の考えと、強い薬なので副作用として肝機能障害やγ−GTP増加 、白血球減少、腎臓への負担などがあることから、フェブリクに頼らずお酒を飲み続ける茨の道を私は選んだのです。

γ−GTPも26歳の時の880という最高値からお酒の飲み方を変えて、最近は200程度まで改善に成功していることも自信の根拠としてありました。

そして…、

そんな時にバイブルと言える本に出会いました。どれだけこの本に勇気をもらったか…。

この田代先生は自らも通風になったものの大好きなビールは絶対に止めずに治す研究をして成功したのです。

 

簡単に言うと食事をアルカリ性で中和させたり、水分を多くとって結晶化した尿酸

をどんどん外に出すことでした。

 

さて、その後ですが、何故かサッカーワールドカップの4年ごとに2010、2014、2018と発作は起こりましたが、発作期間は少しずつ短くなりました。

 

最後に歩けなくなるほどの痛みは2022年の1月、沖縄旅行する朝に起こりましたが私は予定通り飛行機に乗り、現地で松葉杖をレンタルして行程をほぼ満喫しました。

一日中歩き回る予定だった大石林山のツアーは30分の車椅子を押してもらう情けないものとなりましたが、

夜は泡盛で酔い潰れました。

足が痛そうな原因が通風と聞くと、皆笑い、優しくなります。

 

それからは松葉杖でなんとか仕事したり、先月など一番最近はびっこひきながら歩く期間も3日ぐらいで治まったりと軽くなってきています。いずれにせよ初車椅子で出勤したり、仕事を休んだ日はありませんでした。

 

コルヒチンという発作を抑える予防薬を飲むことは時折ありますが、フェブリクは飲まずに尿酸値も少しずつ減少しています。

これからは更に食生活には気をつけて、あと運動することも大事な改善方法なのでフットサル部を再開したりジム行ったりしようかな、と意気込んでおります。

 

通風になったあの日から、歩くという何でもないことが決して当たり前ではない有り難さ、スキップしたり走ったりできるという幸せを知ったことは、良かったかもしれません。

 

健康あっての毎日ですから。

©2024 Copyright© ToritsuTechnocracy Co.,Ltd.

ユーザー情報を使用してログイン

情報を忘れましたか?